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わかりあえなくても取り敢えずは惑星のように存在し合えるそんな状態

I noticed a subtle change when I saw him.

しばらく会わなかった自分が悪いのか

付き合いもしばらくすると会話が噛み合わなくなる

瞬間が来る

 

 

 

あれ?そうだったっけ。。。

 

 

 

 

1回目は多分気のせいなんだけども

2回3回とあるとそれはまちがいなく

別れの遠いサインなんだよね

 

 

 

 

それと 普通に会話をしていて

返事がない時があって

黙り込んでしまってるのに気がついて

病気なのかな?って心配してたんだけど

そうではなくて

そのころから別れることを考えていたんだね

  

 

いまから考えるといろいろありすぎた

 いまだからわかるんだけど 

 

その時は見て見ぬ振りをしてしまった。。。。(><)

別れが怖くて

 

でも気づいたら処置は早い方がいいんだよね

 

 

 

本当にいとしい気持ちが残っているんなら

きっと僕は問い詰めるだろうけど

 

家族のようになってしまったら

なんか心のどこかで

自由にしてあげたくなる

 

きっとその方が幸せになれるような気がしてね

 

 

いままで会った誰よりも大切に思って居るのは

まちがいないし

僕の家族になってくれるんなら

これからもずっと一緒に居られるかもしれないと

空想したりしてみたけど

 

 

だめだった

どうしてもsex がないといけなくて

最後は逃げるように去って行って

連絡方法も途絶えてしまった。。。

 

 

夫婦の離婚原因の一つに

セックスレスがあるけども

ちょうど自分たちがそうだったけど

 

それで相手をどのくらい傷つけてしまってたか

よく考えないとだめなんだよね

 

 

 

10年と言う時間を費やして

得た1つの教訓です。

でも僕はその間すごく楽しかったけど

 

 

いまならちゃんと

お互いにどうしたいのかを

話し合って

解決策を話し合うと思うけど

 

 

人間はいろんな経験をしないと学べないから。。。

 

もし次があるんなら

気をつけます \(//∇//)\

だれかいないかな。。。

She left home suddenly.

そういつも突然なんだ

なんの前触れもなく

 

 

弟が生まれて義父との関係がぎくしゃくし始め

もう口すら聞いてくれなくなっていた

母親はバカなりに悩んで

僕と弟をつれて家出をした

 

 

そのころ新幹線が開通していたので

わくわくしたくらいしか記憶にない

 

新しい街で母親は新しい仕事を見つけ

そこの寮での生活が始まり

昼間は昼食代にしては十分すぎるくらいのお金を

もたされデパート屋上のゲームコーナーで夕方まで過ごしていた

 

 

それはいいんだけど

弟も一緒に連れてきていたから

夜はかなりの頻度で泣き出す

しかもほとんど乳児だからギャン泣きです

 

 

僕はオムツ替えたりとか世話したりとか

ほとんどできなかったので

ときどきまわりのおばさんが来て手伝ってくれた

 

 

ていうか母親はどこで何してるん?

 

 

世の中は不条理に満ち溢れていた

どうしてただの小学生の僕が弟と二人で

夜に困っていなければならんの?

 

 

いつも母親は夜もかなり遅くなるくらいに

戻ってきた

そこで初めて部屋にも帰ることが出来たのかな?

記憶があまり定かでないけど

 

 

そして一ヶ月もしないくらいに

またもとの家(義父の家)に戻ることになった

 

そしてどうしてかわからないけど

裏山にむかって大声で謝らなくてはいけなくなったので

 

何時間かずっと大声で

 

ごめんなさい‼️(T . T)

 

ばっかり延々と何時間も言わされ続けた

僕だけ。。。。。。。。。。。

 

 

あとで近所の友達達からそのときのことを冷やかされ

たけど理由が理不尽なので説明もできないし

強要したおっさん(義父)ももうこの世に居ない

 

 

 

母親はそれからも何回も家出を繰り返した

もちろん僕はそのなかで家を追い出された

おっさんは弟が成人したくらいで

離婚調停に巻き込まれ

おっさんは裁判費用を強いられ

退職金を使うしかなく

もうどちらにもメリットのない不毛な戦いの果てに

母親は無情にも二束三文にもならない

田舎の土地をかっさらっていった

 

 

そのちょっとまえに僕は弟に言ったんだ

もう大人なんだから二人がどうなるのか

決めるのは二人の子供である君なんだと

 

弟はもう十分だから二人の好きにしたらいいと

思ったらしくて

それで離婚裁判が始まった

 

 

だから誰にもわだかまりはない。。。はず

なんだけど

ぼくは。。。なんかかなしい

 

 

おっさんに一番最初に出会った時は

なぜかこの世で一番好きなくらいだった

よく二人で遊びに行っていて

いろんなことを話したりした

 

それがなぜか嫌いになったみたいで

とてもひどい目にあわされるようになって

 

おっさんが亡くなったことを知ったのも

つい最近のこと

 

人間は簡単に変われる

それは当たり前のことなんだけど

それでいいんだろうか?

なんか釈然としないんだ

 

 

 

 

 

I Like This Guy, But He's Straight!

「ノンケを好きになりました」っていう

旧2ちゃんのスレもあるし

昔はそれで悩んでいる人の同じ名前のサイトもあった

いまも世界中で苦しんでいる人がたくさんいる

 

そして僕も同じ苦しみを20年くらい味わっていた

中学、高校、社会に出ても何処に行っても。。。

 

 

それがなければ今頃は親友として

ずっと付き合いがあったはずなのに

何人も。。。

 

 

どうしてこんなこと書く気になったかというと

インターネットの生放送サイトをみていて

ちょっと思ったことがあったから

 

 

 

この生放送のあるじは「生主」とか『○○主』といって

人気があるのは綺麗な女性とかイケメン

なんですが

 

例外として

ホモ受けするストレートの男性

大人気なのです

 

ただしそういった方々は必ず

男は嫌いで女は大好きであるにも関わらず

かわいそうにまったく女にモテない。。。。。。

 

そして更にかわいそうなことに

男に異常にモテる。。。。。。。

 

 

そこには普通は不毛しかないのですが

この世界の特異性で

金銭のやり取りがなされるようになります

 

ここまでくると

芸能界と一緒で

 

バイセクシュアルな気質を持つ方だと

うまく利用してそこそこ利益を享受できますが

 

 

本当に人気があるのはやはり

ストレートな男なんですよね

 

 

LGBTのひとも『主』としていますが

人気度としては全く敵いません

 

 

その理由はもちろんおわかりですよね

 

 

それでストレートの男女と

その友達のG属性の方(もとゲイバーのママさん)が

3人でインターネット生放送をされていたのですが

めちゃくちゃタイプだったみたいで

友人の女と視聴者が引くぐらいにベタベタし始めて

まあゲイバーだと当たり前の光景なんですが

 

ストレートの男は困惑しまくり

 

かわいそうでした。年齢差もあるし

根っからのノンケなので

願いが成就するわけもないのに

それはもうひどいものでしたが

 

それは僕が冷静に第三者の目線で見ているからに

過ぎないからで

もし当事者だったらもちろんわからないわけがないんですが

 

 

だめなものはだめなんですよね。

でも理性ではわかっていても

とても苦しい。。。。。。。。。。。

 

 

なんてこんなことをだらだら書いても

仕方がないので

今なら自分ならどうするだろうと思ったんですが

 

その結論が以前にここに書いたやつなんですよね

 

 

 

好きなら我慢しないで言え

 

ただ言われた方は必ず困るので

 

困らないように出来るならOKよ

 

 

 

つまり相手の事が考えられないなら

 

何も言わないで身を引くのがよろしいかと

 

 

 

男でも女でもLGBTでもね

 

 

なんて書いたけどみんなそれぞれ違うとおもう

それでいいと思う

 

 

The key to success or failure of a plan

まだ自分が若い頃

 

製造工場のなかにある実験室勤務で

毎週、実験をしていた。

 

 

今日の話

 

この実験で成果が出たら「成功」で

 

出なかったら「失敗」と言う事です

 

成果が出れば次のステップに進めるんだけど

 

失敗すればまた材料を換えて同じ事の繰り返しになるわけです。

 

 

 

前提条件として自分の

物覚えは異常に悪く同期入社の同僚と比較したら

知弱と思われてるんじゃないの?っていうレベル

 

 

もともと上司が配属を

 

写真で決めたって断言していたし

 

知力も体力も無かったので

 

尋常では無い苦労をしたんだけど

バカなのでその理由が自分ではわからなかった

という残念な経緯があります。

 

 

 

ある時

 

職場の飲み会で

 

上司の上司がボソッと過去の失敗談をつぶやいた

 

 

僕はそれを聞き逃さなかった

 

それと似たことをつい先日やってしまったから

 

 

上司の失敗はもっと規模の大きい製造現場での失敗で

実験室レベルの失敗とは比較にならないけど

もう失敗の連続にうんざりしていた自分は

 

なぜかイラっとして思わず

 

「どうしてもっと早く言ってもらえないんですか?」

 

と突っかかってしまった

 

 

上司は人間としてみれば

とっても人間味のある面白い人なんだけど

冷徹に職場の上司としてみれば

部下の面倒も見きれない残念な人ということになる。

 

 

 

なんて、その頃の自分は思っていたけれど

 

いまだったらもっと上手くつきあえるのになって

思ってしまいます。

 

 

 

 

 

自分のすぐ上の上司も面白い人で

学歴はすごくて頭もいいのに

本社からのメール(ご神託)を基にして毎回

実験の計画を立てていました

 

いわゆるロボットです

 

確かに本社の部長さんは

この職場を創設したとても偉いおっさんで

正直神様みたいな存在で君臨していたんだけど

 

人間だから上手くいく事も、間違う事もあるし

結局、実際に仕事をするのは僕たちなのだから

 

だんだん不満が溜まってきて

若い僕は毎日

まわりの同僚たちに聞こえるように

わざと机をバンバン叩きながら

 

どうしてロボットみたいに

言われるままに仕事をするんですか?💢

 

 

と抗議をしていた

 

ただ上司の方も人間的に柔和な方で

それで怒ったりすることはなかった

 

それで調子に乗って

 

もう同じ事をするのは飽きたと

もっと派手に実験条件をめちゃくちゃに振って

実験してみましょうと提案したら

 

ある時やっと話を聞いてくれて

 

その思想で実験をしてみたら

思った以上に上手く行ったので

もっと調子に乗って

 

工場に持って行って

同じものを作ってみた

 

 

 

 

 

微妙には違うんだけど

まあだいたい同じものが出来たんだけど

 

 

 

プラスティック製品は経時により

品質が劣化する特性を持って居ます。

 

その原因は、加熱だったり酸化だったり

水分だったりまたはそれらを合わせた

化学的変化だったりしますが

 

大抵の工業製品はその劣化を抑えるために

いろんな工夫がなされています。

 

 

 

まだ若い自分はそれを知らなくて

とんでもない製品を工場で作ってしまいました。

 

製造から数週間経過した試料を分析したら

品質の劣化が激しくて

まったく別のものに変わり果ててしまっていました

 

 

大失敗だったわけです。

 

 

まだ若くておバカな自分でもだんだん事の重大さに

気が付いて来ましたが、

誰一人それについて非難する人は居ませんでした

 

いまから考えると優しすぎです。

さすが第一部上場企業。。。

 

しかも後で過去の先人たちの実験レポートを

見返してみたら似たような実験をすでに

していたという。。。。。

 

冷や汗ものの経験をした訳ですが

この経験があとの製品開発にとても重要な役割を

持つようになりました

 

実験条件はわざと派手に極端に上下に振って

経時での劣化も必ず測定するという

開発システムが出来上がりました。

 

 

 

つまりなにがいいたいのかと言いますと

 

 

 

 

成功するときは勝手に上手く行くんだから

 

失敗した経緯こそ学ばないといけないと

 

そういう事なのですよね。

 

しかし人間はなかなか自分の失敗談は

 

語りたがりません

 

しかしながらこれが一番大事な事なんですよね。

 

昔の人を大事にしないといけないのは

 

これを知っているからですよ。

 

もし身近にそんな人がいましたら

 

聴き出しましょうそれはとっても役に立つに

 

違いありません。

Sinusitis

いつもタイトルに英語を使っているけど

これが用法として適切かどうかは

わからずに使用している

むかしあんなにいろんな外国人達と

付き合いがあったのに

ひとりも続いていないなんて

ほんと不徳の致す限りだとおもう

 

 

話はかわって

 

 

若い頃はしょっちゅう

風邪をひいていた

 

三ヶ月に一回とか連続とか

そのくらいの頻度で

 

 

いまより体脂肪も極端に少なかったので

そのせいだとは思うけど

 

会社勤めだったけど

貧乏の寮暮しだったので

美味しい食べ物なんて知らなくて

毎日を仕事以外では

ぼーっと生きていた

 

 

そんなわけで

子供の頃から鼻が詰まりやすくて

鼻血も出やすい鼻の構造をしているので

年間を通じて

いつも鼻水か鼻詰まりか鼻血か

そういう状態だった

 

 

あるときついに

鼻水が長引くようになって

非常に困るようになったので

病院に行って診てもらったら

 

 

蓄膿症ですと 言われた

 

なんなんそれ?

 

でもあんまりきれいな響きじゃ無いよね(T . T)

 

 

 

そしてなんか椅子に座って

30分くらい鼻に湯気を通す器械があり

何人かみなさんやっておられたので

僕もやってみたら

 

なんか楽になりましたので

これはいいなと思ったんですが

その時だけでまた

時間が経ったら具合が悪くなるというのを

繰り返しておりました

 

 

何ヶ月も医者に通って、薬も飲んで

 

ああこれってなかなか治らないんだなあ。。。

と途方にくれていました

 

あるとき帰省した時に親が言うには

僕が小さい時に風邪にかかって

鼻から口で吸い取ってあげたとか

いつもの恩着せがましい事を酒を飲みながら

おっしゃるので

 

またか。。と思ったのですが

(感謝はしてるんですよね)

 

 

その時にはっとその時の情景を思い出しまして

そう言えば

なんか親が怒ったように僕に

 

鼻の奥の方をすすって

 

喉の方に出しなさいみたいな事を

 

一生懸命に言って居たのを思い出しました

 

 

 

でもこんな事、子供には難しすぎるし

うちの母親も説明が下手なので

なんか中途半端に終わったような気がしますが

 

大人になった今ならなんか

分かったんですよね

 

 

蓄膿症 = 副鼻腔炎

 

 

ただの鼻水ならそのまま出せばいいんだけど

副鼻腔に溜まったものは

反対側から吸い出さないとダメなことに

気が付いたんですよ

 

 

そっからは必死になって

やり方を思い出しまして

一週間くらいでなんとか出来るようになって

なんとか症状も数ヶ月で治まってきて

医者に行くこともなくなりました

 

 

それでWikipediaでその項目を読んでいるんですが

 

予防としては、手洗い、禁煙、予防接種で、

そのほか

鎮痛薬ナプロキセン、鼻腔内ステロイド鼻洗浄

症状軽減に利用可能であると

 

そして

 

症状が7-10日経過しても完全しないか悪化したときは、

抗生物質を使用するか、変更すると

 

そして慢性の場合は外科手術が行われることもある

と言うことで

 

僕のやり方は触れられて

 

いませんでした。。。(><)

 

 

どうしようかな、だれか研究して論文で

発表してくれません?

 

なんちゃって

 

 

 

Panic disorder

まだギリギリ若い頃

突然、体調がおかしくなった

 

鼓動はおかしいし

当然脈も変

汗がぶわっと出てきて

気を失いそうになる

 

親兄弟とか

親戚とかは身近には居ないし

友人を頼るとかそういう習慣がなかったので

なぜか会社の同僚のパートのおばさんに

電話した

 

 

とりあえず体調が悪いことを伝えて

どうすればいいか聞いたら

うろたえていたけど

どうすることも出来ないから

救急車を呼んだらいいことを言ってた

 

 

その前にとなりの住人にも

聞いたのかな?

まったくおぼえていない。。。

 

 

その時の記憶なんだけど

自分で車を運転しながら

夜間にやってる病院に行った記憶がある

途中なんか口から心臓が出てきそうな感じで

ずーっとめまいと吐きそうで

信号とかで停車するたびに

呻いていました(T . T)

 

 

病院に着いたら

苦しくて困っているのに

一通り事情を説明させられて

いろいろ検査をさせられて

その間いろいろ待たされたりして

 

最後は麻酔薬

(ではないだろうけど鎮静剤かな?)を

注射されて

5000円取られておしまいだった

 

 

それから10年くらいは

外に出るのも公共交通機関に乗るのも

出張も全部怖くて。。。

 

 

 

また発作が出るんじゃないかな(−_−;)

 

って。。。

 

 

 

道を歩いていても人と目を合わせるのも

話をするのも

 

怖いんだけど仕方がないので

薬を飲んでむりやり

冷めきった酩酊感っていうのかな?

そういう身体の状態を作り出して

 

なんとか対処していった

 

そのときはそうするしかなかったんだけど

 

いまから考えたらもうちょっと

 

真剣に自分のことを考える必要があったのかも知れないけどね

 

 

原因はいろいろありますが

たぶんだけど

その前の年に無理やり親に

 

お見合い』をさせられていて

 

そのプレッシャーが半端なかったから

だろうと思います。

 

ただ人間が成長するのに

 

いろんな経験をするのは必要だとおもうから

なんともいえない

いろんな経験が人間を強くする

んだとおもうから

 

 

 

 

 

 

 

特に僕たちは

思春期の頃に人並み以上に

苦労を強いられるし

 

異性と付き合ったり

結婚したりするのに

想像を絶する苦労を伴うひとだって

いるかもしれないし

 

 

みんないろんな苦労をしてきて

 

それを共有できるような

ところがあればいいのにとか

空想してみたり

 

たぶんいまこうしている間にも

誰かが苦しんでいるかも知れないし

それでも

毎日をしっかり暮らしていかないといけないけど

 

もし言いたいことがあるなら

その都度 周りに言った方がいいと思う

もしかしたらその時にはうまく

じぶんの気持ちを言葉で伝えられないかもしれないけど

 

なにもしないよりはいいと思う

 

好きとか嫌いとかだったら素直に伝えた方がいいよ

そのかわり上手く伝えてね

相手が困らない程度に

Mansion

父親の家は大きかった

小さい町の市街地の中なので

そんなに土地はいうほど広くはないんだけど

建物自体のなかにたくさん部屋があった

でももう古い建物で

使っていなくて鍵をかけた部屋がほとんどで

日当たりとか考慮してないので

ほの暗い場所がほとんどだった

まだ僕が小さかった頃は

もっとたくさん人が住んで居たんだけど

気がついたら二家族に減っていた

その家族も、僕が暮らしていく間に

いろいろあって自分の家族以外は

誰も居なくなってしまった

 

 

 

昔は大きな病院をやっていたらしくて

 

おじいさんが病院をやめてからは

 

父親がいろんな事業をして遊んで食いつぶして

 

その後、自宅をアパートに改装した名残だったみたい

 

 

 

自分ではわからなかったけど

 

なんかお化け屋敷

 

思われて居たかも知れない

 

 

 

 

 

 

 

自分の学校の友人で

 

デパートの店長クラスの人が父親の人が居て、

 

家の入り口にプールがあって

 

お風呂とトイレがいっぱいあって

 

家にお手伝いさんがいて

 

好きなものはなんでも買ってもらえる為に

 

すごくわがままな性格

 

誰にも相手にしてもらえないから

 

なぜかいつも僕が

 

その相手をさせられていたんですが

 

 

 

ある時、家に遊びに招待されて

 

あまりの金持ち度にびっくりさせられ

 

ご飯をご馳走になり

 

帰りは、お手伝いさんの運転で送ってもらいましたが

 

 

なんか夢の中に居るようでした

 

 

 

世の中って不公平だなとは思いましたが

 

その子はちょっとした障害も抱えていたり

 

したので、まあいろいろあるよねって

 

思いました